少し現実的な話になりますが、
同じように悩んでいる方の参考になればと思い書いています。
この記事は、前回の続きです。まだの方はこちらから:
離婚してもモラハラは終わらなかった|知らないはずの転職先に夫が現れた日
3年間、「このまま離婚できないのかもしれない」と思い続けていました。
そんなある日、別居中の夫が、知らないはずの私の転職先に突然現れたのです。
その日を境に、止まっていた離婚の話は一気に動き出しました。
でも私はその中で、養育費も面会交流も決めないまま、離婚してしまったのです。
これは、その後悔と、同じ状況の方に伝えたい「教訓」の記録です。
突然現れた夫の、まさかの目的
会議中に、別居中の夫が職場に現れた。社員が「お客様」として案内しようとする中、私は恐怖と混乱の中で外に連れ出した。
「結婚するから、離婚届にサインしてくれ」——まさかの申し出だった。3年間動かなかった話が、一気に動き出した瞬間だった。
でも、素直に喜べなかった。
やっと「ひとり親」として支援を受けられる状況になる。その一方で、「何を企んでいるのか」という不信感が消えなかった。
モラハラ相手とは、「話し合い」が成立しない
夫との「話し合い」は、いつも同じ形で終わりました。
お金の話を切り出せば、大声でキレる。
こちらが何かを提案すれば、いつの間にか論点がすり替えられて、気づけば彼の思いどおりの結論になっている。
「対等に話し合って、条件を決める」——その前提が、そもそも成り立たない相手だったのです。
だから、「養育費はいくらにするか」「面会交流はどうするか」を冷静に詰めるなんて、想像するだけで身体がすくみました。
「早く終わらせたい」一心で、何も決めずに離婚した
このチャンスを逃したら、また何年も離婚できないかもしれない——そう思うと、とにかく早く終わらせてしまいたかった。
今振り返れば、あのタイミングで養育費の話をきちんとしておくべきだった。正直、後悔している。ここから長い「養育費の闘い」が始まることになったから。
でも、当時の私にはそれができなかった。夫と同じ空間にいるだけで身体が震えた。お金の話を切り出せば、また言葉の暴力が始まるかもしれない——その恐怖が常にあった。
冷静に話し合うなんて、無理だった。離婚届にサインしてもらうことだけが、あの時の「できる限りの最大の勇気」だった。
それでも、取り決めは「慎重に」が必要だった
私の失敗から、これから離婚を考えている方に伝えたいこと:
- 養育費・面会交流・財産分与は、できる限り文書に残す
- 話し合いが怖い場合は、第三者(弁護士・行政相談)に間に入ってもらう
- 公証役場で「公正証書」にすると強制執行力が生まれる
- 法テラス・役所の無料法律相談を早めに使う
「慎重に」といっても、一人で冷静に交渉しなさい、という意味ではありません。
話し合いが成立しない相手だからこそ、調停・弁護士・公正証書という「仕組み」に間に入ってもらうのです。
第三者を挟むことは、逃げではありません。
前回の記事に書いた「境界線を守る」ための、いちばん現実的な方法だったのだと、今では思います。
感情に押されたまま決断すると、後で悔いが残ることがある。「一人になった後の生活」を具体的に考える時間を、少しでも持てたら。
離婚はゴールじゃなく、スタートだった
離婚が成立した時、「これで終わった」と思った。でも実際には、ここからがスタートだった。
別居してからずっと、家計も子育ても、すべて一人でやってきました。だから、生活そのものが大きく変わったわけではありません。
変わったのは——取り決めをしないまま離婚したことで、「養育費調停」という新たな闘いが始まったことでした。
その後、私は「養育費調停」をすることになります
取り決めをしないまま離婚した結果、養育費の話し合いは調停に持ち込むしかありませんでした。その体験は別の記事に書いています。
結婚生活の中で何があったのか、当時のことは別の記事に詳しくまとめています。
→ モラハラの体験と、そこから回復するまでの記録
モラハラかも?と感じている方へ
私も最初は、「なんかおかしい」と思うところから始まりました。
もし今、同じように感じている方は、以下の順番で読んでみてください。
今の自分に近いところから読んでみてください。
ここまで読んでくださってありがとうございます。
今、現実と向き合いながら頑張っている方へ
頭の中を整理しながら、一つずつ進んでいくために——書くことで気持ちを整える方法をまとめています。
無理に前に進まなくても大丈夫です。
「少し整理したい」と思ったときに使ってもらえたら嬉しいです。