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この記事でわかること
- ✔ 育児日記に何を書いてきたか
- ✔ 子どもが大きくなってからの思い出の残し方
- ✔ 写真だけでは残らないものをノートに残す理由
- ✔ 毎日書かなくても長く続けるコツ
- ✔ 私がモレスキンのノートを使っている理由
こんにちは、HANAです。
娘たちが生まれた頃から、子どもたちのことを書くノートを続けています。いわゆる「育児日記」です。
でも、毎日欠かさず書くような立派な日記ではありません。
赤ちゃんの頃は、
「今日はこんな言葉を話した」
「この公園で、こんなことをして遊んだ」
「今日はこんなものを食べた」
そんな、ごく普通の一日を書いていました。
大きくなった今でも、手短ではありますが、記録することは続けています。
気がつけば、ノートは4冊ほど。
今も続けている一番の理由は、娘たち自身が覚えていない大切な時間を、あとから知ることができるようにしておきたいからです。
そしていつか、
「私は、こんなに愛されていたんだな」
と、少しでも感じてもらえたらと思っています。
育児日記は、赤ちゃんの頃だけじゃなくていい
「育児日記」というと、赤ちゃんの頃につけるものというイメージがあるかもしれません。
授乳した時間。離乳食。初めて歩いた日。初めて話した言葉。
私も最初は、そんな小さな成長を書き留めるところから始まりました。
でも、子どもが大きくなったからといって、残しておきたいことがなくなるわけではありませんでした。むしろ、その形が少しずつ変わっていきました。
赤ちゃんの頃は、「こんな言葉を話した」「今日は何を食べた」「どこの公園で遊んだ」だったものが、学校へ行くようになると、運動会、持久走大会、合唱コンクールなどの学校行事の思い出に変わっていきました。
子どもの成長と一緒に、育児日記の形も変わっていったのだと思います。
子どもが覚えていない大切な時間を残しておく
昔のことほど、親は覚えているのに、子ども本人は覚えていないことがあります。小さかった頃なら、なおさらです。
ノートには、娘たち自身のことだけではなく、
「今日はおじいちゃんとこんなことをした」
「おばあちゃんとここへ行った」
そんな家族との時間も残しています。
特に、今はもう他界したおじいちゃんとのことは、娘たちにはほとんど記憶が残っていないようです。小さかったので、それは仕方のないことです。
でも、ノートを開けば、
「おじいちゃんとこんなところへ行ったんだ」
「こんなことをして遊んでもらったんだ」
と、自分では覚えていない時間を知ることができます。
写真も大切です。でも写真だけでは、そのとき何を話したのか、何をして笑ったのかまでは残らないことがあります。
だから、ほんの一言でも、その日に何があったのかを言葉で残しておいてよかったと、今になって思います。
子どもの成長記録というより、その子を囲んでいた家族との時間まで残しておく。それも、この日記の大切な役割になっています。
写真だけではなく「その日にあったもの」も貼っています
最近は、文章を書くことだけではなく、紙の思い出を残す場所としても使っています。
例えば、娘たちからもらった手紙やメモ。
学校から持ち帰ってきた学級新聞。娘の写真が小さく載っていたりすると、捨てるのが惜しくなります。
一緒に行った旅行の入場券。航空券。出かけた場所でもらった紙。
もちろん、写真に撮ってデータで残すこともできます。でも私は、その日に実際に手にしたものが残っているのが好きです。
ノートを開いたとき、「あ、この旅行のときだ」と、その日の景色まで思い出すことがあります。
完璧なスクラップブックを作る必要もありません。少しくらい曲がって貼ってあってもいい。余白だらけのページがあってもいい。それも含めて、わが家の思い出です。
毎日書かなかったから、ここまで続いたのかもしれない
この日記は、毎日書いているわけではありません。何週間も、何か月も空くこともあります。
でも、「これは残しておきたい」と思ったときだけノートを開きます。
長い文章を書かなくても、今日こんなことを言った。こんなことがあった。ここへ行った。それだけ。
私は、これくらいゆるかったから続けられたのだと思います。
育児日記というと、「毎日書かなきゃ」「ちゃんと成長を記録しなきゃ」と思ってしまうかもしれません。
でも、何年もあとから読み返したとき、大切なのは文章の長さではありません。ほんの一言でも、そのときの自分だから残せた記憶があります。
気がつけば、ノートは4冊ほどになりました
そんなふうに、書きたいときだけ書いて。残しておきたいものを見つけたら貼って。
少しずつ積み重なって、今ではノートが4冊ほどになりました。
最初の頃のページを開くと、まだ小さかった娘たちがいます。話し始めたばかりの頃。公園で遊んでいた頃。おじいちゃんやおばあちゃんと過ごしていた頃。
そこから少しずつ大きくなって、学校生活や旅行の思い出へとつながっていきます。
一冊ずつ見るとただのノートなのですが、並べてみると、娘たちが育ってきた時間そのもののようにも感じます。
実は、娘たちもこっそり読んでいるみたいです
このノートの存在は、娘たちも知っています。そしてどうやら、ときどき私がいないところで、こっそり読んでいるようです。
何を書かれているのか、ちょっと気になるのかもしれません。
それを知ったときは、少し嬉しくなりました。「見ないでよ」と言いながら、内心では、読んでくれているんだな、と思っています。
自分では覚えていない小さい頃のことを読んで、「私、こんなこと言ってたんだ」なんて思っているのかもしれません。
今は喧嘩もする。それでも、これも私たち親子
娘たちが大きくなった今は、毎日が穏やかというわけではありません。
喧嘩もします。意見がぶつかることもあります。お互い腹を立てて、「もう知らない」と思うような日だってあります。
でも、そんな日があるからこそ、昔のノートを見て思うことがあります。
今の喧嘩だけが、私たち親子の全部ではない。
この子がこんな言葉を話した。こんなものが好きだった。一緒にこんな場所へ行った。こんなことで笑った。
私はその一つ一つを見て、嬉しかったり、面白かったり、愛おしかったりして、忘れたくなくて書いてきました。
今、どれだけぶつかることがあっても、あの頃の気持ちがなかったことになるわけではありません。
いつか「こんなに愛されていた」と感じてもらえたら
このノートをいつか正式に娘たちへ渡すのかは、まだ分かりません。もう勝手に読まれていますけどね。
もっと大人になったとき。人生のどこかで、またこのノートを開くことがあるかもしれません。
そのとき、「お母さん、こんなことまで書いてたんだ」と笑うかもしれない。少し恥ずかしいと思うかもしれない。それでもいいと思っています。
自分では覚えていない頃、どんなことを話して、何を食べて、どこで遊んで、おじいちゃんやおばあちゃんとどんな時間を過ごして、家族とどんな場所へ出かけたのか。
そして、その一つ一つを母親がこんなふうに見ていた。
そのことを知って、家族に愛されて、助けられてここまで大きくなったのだということを、いつか少しでも感じてもらえたら。
それが、私が今もこのノートを残し続けている一番の理由なのだと思います。
私が使っているのは、モレスキンのフリーノート
この思い出を残すのに、私はモレスキンのフリーノートを使っています。
モレスキンというと、シンプルな黒いノートのイメージがありますが、桜柄やムーミンなど、かわいいデザインやコラボ商品が出ていることもあります。
何年も残しておくものなので、丈夫なところも気に入っています。そして何より、「次はどんな表紙にしようかな」と選ぶのも楽しみのひとつです。最近見つけて可愛かったのは、ムーミンのコラボノート。
もちろん、モレスキンでなければいけないわけではありません。お気に入りのノートでも、家にあるノートでも、何でもいいと思います。
大切なのは、ノートそのものより、残しておきたいと思った気持ちを、そのまま残しておくこと。
育児日記は「いつまで」と決めなくてもいい
育児日記をいつまで続けるのか。私にも分かりません。
娘たちはこれからもっと大人になって、私の知らない時間も増えていきます。いつか、自然と書かなくなる日が来るのかもしれません。
でも今はまだ、「これ、取っておきたいな」と思ったものがあればノートを開きます。
🌿 毎日書かなくてもいい。長い文章でなくてもいい。
🌿 今日言った一言だけでもいい。一枚のチケットを貼るだけでもいい。
その小さな記録が、何年も経ってから、子ども自身が覚えていない大切な時間へ戻る入口になることがあります。
もし、「育児日記なんて、今から始めても遅いかな」と思っている方がいたら。今日からでも遅くないと思います。
今日、子どもが言ったこと。一緒に笑ったこと。家族と過ごしたこと。
まずは一つだけ、残してみませんか。
いつかその一冊が、「自分には、こんな時間があった」そして、「私は、こんなに愛されていた」と知ることのできるノートになるかもしれません。
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ここまで読んでくださってありがとうございます。
今日、子どもが言ったこと。一緒に笑ったこと。まずは一つだけ、残してみませんか。
よかったら、また読みにきてください。