ハーフ・海外生まれの子の英語とルーツが薄れていく|娘たちと生まれ故郷を旅した理由

こんにちは、HANAです。

私には10年ほど海外で暮らしていた時期があります。
娘たちは、その国で生まれました。

帰国してから何年も経ち、娘たちの英語は少しずつ薄れ、生まれた国の記憶も遠くなっていきました。
そして私には、ずっと叶えたい夢がありました。

いつか、娘たちを生まれ故郷へ連れて行くこと。

でも、そのためにお金を使うことを、何か月も迷いました。
今日は、それでも「これは使うべきお金だ」と決めた理由を書きます。

海外で生まれた子どもを日本で育てるということ

帰国してから最初の頃は、日常の中でも娘たちに英語で話しかけていました。

でも、保育園では先生に英語が通じません。
田舎に住んでいたこともあり、外国人扱いされてジロジロ見られることもありました。
娘たちが、それを恥ずかしいと思うようになった時期がありました。

そのうち、「英語で話しかけないで」と言われるようになりました。

両方の言語を保ちながら育てるのは、思った以上に容易ではありませんでした。
同じ悩みは、ハーフのお子さんや帰国子女を育てる、他の親御さんにも共通しているようです。

英語が薄れ、生まれた国への興味も少しずつ遠くなっていく中で、
彼女たちの奥底に眠るアイデンティティがなくなってしまうのではという、一抹の不安がありました。

ずっと叶えたかった夢

それでも私には、ずっと持ち続けていた夢がありました。

娘たちが大きくなったら、生まれ故郷を一緒に訪れること。

どん底だった頃から、ずっとそう思っていました。
本当に叶うのか分からなかったけれど、諦めずに持ち続けていた夢でした。

高校進学前に悩んだ「このお金は使うべきか」

中学2年生になった長女は、まだ進路が決まっていない時期でした。
やりたいことが定まらず、悶々としている娘たちの様子を見ていました。

だからこそ、彼女たちのルーツを探る旅をプレゼントしたかった。
生まれた場所に触れることで、何か感じてくれるものがあれば。
その刺激が、将来を考えるきっかけになれば——そう願っていました。

ただ、これから高校、そして大学と、大きな出費が続く時期が来ます。
高校進学を控え、教育費とのバランスにも悩みました。(高校入学費用についてはこちら
そんな時期に、海外へ行くなんて本当にいいのだろうか。

何か月も悩みました。
友人にも相談しました。

すると返ってきたのは、こんな言葉でした。

「それは消費じゃない。人生への投資だよ。」

これは使うべきお金だと決めた

生活防衛資金には手を付けない。
NISAや投資も崩さない。
その上で貯めてきたお金を使う。

私はそう決めました。

この旅を決断できたのは、生活防衛資金をきちんと確保していたからでした。
家計管理と生活防衛資金の考え方はこちら

NISAやiDeCoを続けながらも、今回は投資には手を付けませんでした。
iDeCo・NISAの4年間の運用実績はこちら

どん底の頃から少しずつ積み上げてきたお金でした。
だからこそ、使う意味のあるお金にしたかったのです。

昔の暮らしを、家族でもう一度なぞった

娘たちと一緒に、あの頃歩いた道を歩きました。
生まれた病院を訪れました。
その街でしか食べられないソウルフードを食べました。
昔よく行ったおもちゃ屋さんにも入りました。

小さい頃行った公園は、ほぼ全てと言っていいほど、行きました。
赤ちゃんだった娘を抱っこして座って写真を撮ったベンチも、そのまま。
雪だるまを作った砂場も、そのまま。
寝転がって日向ぼっこした野原も、そのまま。

12月上旬の寒い公園で、大きくなった娘たちと3人でシーソーに乗ったり、滑り台を滑ったり。
現地の人から見たら、かなり異様だったかもしれません。でも、そんなことはどうでもよかった。

1軒家を借りて、ご飯を炊いて、サンドイッチを作って、食器を洗って、洗濯して。
普段はお手伝いをしたがらない娘たちも、そこでは家事でさえ楽しく過ごしていました。

帰国直前の最後の夜、雪が降り出しました。
本当はクリスマスの時期に行きたかったけれど、ハイシーズンを避けて12月上旬にしたので、雪は諦めていました。

それが、ふわふわと舞い降りてきた。

夜中の1時ごろ、3人で外に出て、雪だるまを作りました。

特別な観光をしたわけではありません。
ただ、昔の暮らしをもう一度なぞっただけです。

でも、その何気ない毎日が、とても特別で幸せでした。

「今行きたい」という気持ちを、大切にしたかった

旅を決めた頃、私は少し体調を崩しがちでした。
帯状疱疹、胃腸炎、偏頭痛……大きな病気ではないけれど、年を重ねるごとに体が思っていたより繊細になっているのを感じていて。

その頃、世界では戦争が始まり、円安もどんどん進んでいました。
先のことを考えるほど、なんだか不安で、先が見えない感じがしていました。

ふと思いました。
もしかしたら、「行ける」タイミングは、今しかないかもしれない。

人生は、思っている以上に予測できません。
いつ体が動かなくなるか分からない。
いつどんな事情が重なるかも、分からない。

「あの時行っておけばよかった」と後悔したくない。
それよりも、「行きたい」と思ったそのタイミングを信じたかった。

自分の心が出した答えに、従ってみること。
それが今回、背中を押した理由のひとつでもありました。

最高のお金の使い方だった

私は今でも思います。
あれは最高のお金の使い方だったと。

私自身の夢も叶いました。

娘たちは自分が生まれた場所を知りました。
世界の広さを感じました。
そして何より、自分の人生には日本だけではないルーツがあることを知りました。

その経験はきっと、彼女たちの中に残り続けると思います。

どん底の頃に抱いた夢は、叶った

あの時の雪も、
娘たちと歩いた道も、
きっとこれから先ずっと忘れません。

どん底だった頃に抱いた夢は、
本当に叶いました。

だから今は思います。

夢は、
すぐには叶わなくてもいい。

諦めずに持ち続けていれば、
少しずつ現実に近づいていく。

あの旅は、
私にとって最高のお金の使い方でした。

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