養育費調停を申し立てよう。
そう決めたのは、娘たちが中学生になり、これから教育費がさらにかかっていくことを現実的に考えるようになった頃でした。
進学するにつれて、必要なお金は増えていきます。
娘たちが「この道に進みたい」と思ったとき、できるだけ背中を押してあげたい。
そのためにも、父親である元夫にも金銭面で協力してもらえたらと思っていました。
調停を申し立てれば、金額について多少の話し合いにはなるだろう。
そのくらいは想像していました。
ただ、まさか養育費そのものを支払うことに、ここまで強く拒まれるとは思っていませんでした。
それでも今回、もう一度家庭裁判所へ向かおうと思ったのは、
娘たちの将来を、親として一緒に支えてほしい。
そんな思いがあったからです。
でも、それだけではありませんでした。
協力してほしい。
責任を持ってほしい。
「どうして私ばかりが、子育ての大変な部分を背負わなければならないんだろう」
そんな不公平さへの怒りも、ずっと自分の中にありました。
離婚調停を経験して、それでももう一度家庭裁判所へ
私は以前、離婚調停でも家庭裁判所を経験しています。
そのときも、婚姻費用や養育費など、お金に関わる話し合いがあり、元夫とのやり取りには心身ともにかなり消耗しました。
だから、もう一度家庭裁判所へ行くことには正直ためらいもありました。
それでも今回は、
「子どものために、できることはやってみよう」
と思い、養育費調停を申し立てました。
必要な書類を準備して、これまでの経緯を説明して、相手の主張を聞いて、また次の期日を待つ。
平日に行われる調停のたびに、相手の最寄りの裁判所へ出向くため、仕事の休みを取る必要もありました。
実際に私が養育費調停を申し立てたときの手順や必要書類については、養育費調停の流れ|申立てから終了まで自分で進めた体験にまとめています。
「やれることはやった」|取り下げを考え始めたとき
養育費調停を取り下げようと思うようになったきっかけは、「相手には本当に払う意思がないんだ」と分かったことでした。
調停の場でも「払えるお金はない」という主張を変えない彼を見て、以前の私なら、もっと腹を立てていたと思います。
でも、何度も向き合っているうちに、少しずつ感情が変わってきました。
怒りというより、「私はもう、やれることはやった。次に進もう。私が稼いで娘たちを育てていこう」という前向きな気持ちでした。
不思議なのですが、調停を重ねるうちに、あるとき突然、視界が晴れたような感覚がありました。
暗い雲が去って、光が差したときのような、清々しい、心地良い感覚でした。
ここまでやったんだから、もう悔いはない。
心からそう思えたのです。
相手ではなく、自分の幸せに目を向ける
その頃、カウンセリングでも大きな気づきがありました。
相手が苦しむことを願うことにエネルギーを使うよりも、自分がどう幸せになるかを考えたほうがいい。
そう言われました。
最初からきれいに受け入れられたわけではありません。
でも、離婚調停も養育費調停も経験して、「私はやれることをやった」と思えたからこそ、その言葉が少しずつ入ってきたのだと思います。
これ以上、元夫との争いに時間と気力を使うくらいなら、そのエネルギーを自分と娘たちのこれからに使いたい。
そう思うようになりました。
手放したのは、養育費を受け取る権利ではない
ここは誤解されたくないところです。
私は、「養育費なんてもらわなくていい」と言いたいわけではありません。
養育費を求めることが間違っていたとも思っていません。
必要であれば、制度や手続きを使って請求することは大切だと思っています。
私自身も、実際に調停までしました。
私が手放したのは、養育費を受け取る権利ではなく、元夫への執着でした。
「分からせたい」「認めさせたい」「相手にも子育ての大変さを理解してほしい」
そんな気持ちに、自分の人生を引っ張られることをやめたのです。
そして、相手の言動に振り回されるのをやめたとき、ようやく自分の人生の主導権を、自分の手に戻せたような気がしました。
娘たちに嫌われる怖さも、少し手放した
もう一つ、私が少しずつ手放したものがあります。
それは、「娘たちに嫌われたくない」という気持ちでした。
ひとり親で子どもを育てていると、楽しいことばかりではありません。
お金の都合で「ダメ」と言わなければならないこともあります。
宿題や生活態度、しつけのことで、厳しいことを言わなければならないこともあります。
そんなとき、「お母さんばっかりうるさい」と思われることもあるかもしれない。
以前の私は、それがとても怖かったのだと思います。
でも今は、娘たちが今どう思うかまで、私にはコントロールできない。
そう思えるようになりました。
私は私なりに、一生懸命育てればいい。
その結果をどう感じるかは、娘たち自身の人生です。
そう考えるようになって、少し楽になりました。
調停の最後の日、そばにいてくれた人がいた
調停を取り下げると決めて、最後に裁判所へ向かった日は、一人ではありませんでした。
友人が車を運転して、一緒に来てくれました。
それまでの調停は、毎回ひとりで裁判所へ向かっていました。
元夫と直接同じ部屋で話すわけではないと分かっていても、裁判所へ向かう日はいつも心が重く、怖さもありました。
通常、友人や家族などの付き添いは調停室には入れないため、友人には待合室で待っていてもらいました。
それでも、「今日は一人じゃない」と思えることが、本当に心強かったです。
それまで私は、養育費のことで弁護士にも相談しましたが、思うような解決にはつながらず、ずっと一人で向き合っているような孤独を感じていました。
そして私は改めて、これ以上この争いの中に自分を置き続けないことを選びました。
相手を変えることではなく、自分がそこから離れること。
私にとっては、それが自分を取り戻す一歩だったのだと思います。
相手に向けていた力を、これからは自分のために。
そのエネルギーで、私は自分の人生をつくりたい
養育費の問題が消えたわけではありません。
一人で子どもを育てていく不安もあります。
教育費を考えて、「本当に大丈夫かな」と思うこともあります。
それでも以前より、心はずっと楽になりました。
元夫に向かっていたエネルギーを、「どうしたらもっと稼げるだろう」「どうしたら娘たちと楽しく暮らせるだろう」「これから私はどんな人生を送りたいだろう」と考えることに使えるようになったからです。
だったら私は、相手を変えようとすることに時間を使うより、自分で稼いで、お金を貯めて、娘たちとたくさん旅行をして、人生を楽しみたい。
そんなふうに考えるほうが、ずっと私らしい。
相手がどう生きるかではなく、私はどう生きたいのか。
ようやく、そこに目を向けられるようになりました。
私は幸せになる。
執着を手放すことは、負けることでも、すべてを許すことでもありません。
私にとっては、自分の人生をもう一度、自分で選ぶことでした。
相手を変えることはできなくても、自分のこれからを考えることはできる。
私もまだその途中です。
養育費調停について実際に経験した手続きや当日の様子は、関連記事にまとめています。今同じことで悩んでいる方に、少しでも参考になればうれしいです。